石川県加賀市には、江戸時代から続く古い猟があります。
ここにしかない神秘的な冬の猟です。その名も坂網猟。
坂網猟(さかあみりょう)
北陸のしばれる冬の時期、坂網猟はシーズンを迎える。
狩猟期間はわずか3ヶ月。
シベリアを超えてきた鴨が、日没近く餌を求めて飛び立つ僅かな時間を狙い、
空中にY字形の網を高く投げ上げ、獲物を捕らえるこの猟。
坂網猟は、江戸時代より脈々とこの地に伝わっており、
今なお20名以上の猟師たちが組合員として伝統を引き継いでいる。
その組合員のほとんどは、別に本業を持つ有志の集まりだ。
ここにしかない”坂網猟”の価値を真に知る精鋭たちは、
後世にこの伝統を残すため、今日もまた狩り場へ向かいその一瞬を待っている。
西野公宏(にしのきみひろ)さん
大阪出身。
18歳の頃より、車・バイクの整備や建築の仕事などに携わる一方で、
趣味でやっていたカーラッピングやフィギュアの作成技術を生かし30歳の時に独立。
35歳で人生の折り返しを意識し、お母さんの地元であった石川県加賀市にIターン移住。
中古車販売から看板製作・カーラッピングを手掛ける【ガレージアルテミス】を営む。
2015年、坂網猟と出会い自身も猟組合員になることを決意。
現在、三年目を迎える。
ー 坂網猟師になったきっかけを教えてください。
もともとは、若手猟師の方と知り合ったことがきっかけでした。
その方がfacebookで「坂網猟師、募集してます!」みたいな投稿をしていて、
興味が湧いて説明会に行ったら、「西野さんやらんけ?」って言ってもらえて。
始まりはそんな感じでしたね。
狩り場に向かう前、どこの狩り場に行くか相談する様子
ー 現在、坂網猟の組合員は何名いらっしゃいますか?
組合員は全部で24人。今のところ男100%です。
いろんな人がいて、元役所の職員の人や大学教授なんかもいるし。
入るために厳しいチェックや審査がある訳ではないんだけど、
決して儲かる仕事ではないから、やっぱり志がある人しか続かないと思います。
江戸時代からずっと続いてきたこの伝統を、
また300年、400年と未来へ残していきたい人たちが集まっとる感じ。
夕暮れが近づき、徐々に狩りの準備が始まる
ー 江戸時代の猟が今も残っているなんて想像できないです。
昔は武士が鍛錬のために始めたこの猟も、時代の移り変わりによって、
徐々に一般の人も狩りに参加するようになって、
やっぱり狩り場の取り合いとかトラブルも出てきたそうで。
そこからトラブルを防ぐために狩り場はクジで決めるようなって、
今でも猟解禁日にクジ引いて決める風習は残ってる。
こうやって坂網猟の秩序を守るために先人達が工夫してきたからこそ、
今日まで坂網猟は残ってるんじゃないかなあって、そんな風に思ってます。
昔の人も通っていたのだろうか。道なき道を進んで狩り場に向かう。
時にはベテランからのアドバイスが
ー 坂網猟の最大の特徴はなんでしょうか?
味についていえば、餌場に向かう胃が空っぽな鴨を生け捕りするから、
「臭みもない」「血も出ない」「身も傷つかない」ということ。
初めて食べた時、やっぱ違ったね。ほんとに美味いんです。
そして猟法で言えば、昔から変わらないY字型の網。
猟法も、使う猟具も、この300年間変わらないものを使う重みは格別やと。
自分らで竹を切ることから始まって、網も自分で貼っていって、、
ずっと引き継いで来たんだなあって感じます。
自分で竹を削り、糸を編み、ここにしかないY字網を作りあげる
日が落ちると共に、真剣な表情に
ー 現在、坂網猟が抱えている課題はなんでしょうか?
後継者不足。
若いのも入ってきたとはいえ、全体の人数は減ってる状況なので。
組合としても、30人位までは増やしていけんかなって話してる。
ただ闇雲に人数を増やしていけば良いとは思ってなくて、
例えば僕たちは鴨を捕るだけではなくって
狩り場周辺の環境を守るための保護活動も組合員たちでやってるんです。
狩り場の近くにはラムサール条約に指定された片野鴨池があって、
ちゃんと渡り鳥が来れるように付近の木を伐採したり池が埋まらんように雑草を刈ったり。
そういう「猟」と「環境保護」の大切さも分かってもらえて、
ぜひ自分も伝統を残していきたいんやって人が増えて欲しいですね。
この日獲れた鴨を特別に撮らせていただいた。
今は年間300羽くらいしか捕れない坂網猟も、昔は投げれば捕れるといった状態だったそう。
このかけがえのない環境を守っていきたい
ー 坂網猟が今後どんな存在になっていってほしいですか?
今は県指定の文化財になっている坂網猟ですが、
これから国指定の登録を受けたいとみんなで頑張っています。
加賀を代表するもので、ここにしかない坂網猟の価値や尊さを
もっともっと広めていきたいですね。
昔は「蟹」「鴨」と二大名物として扱われていたけど、
希少になった今だからこそ、また知名度を上げていきたい。
坂網猟で取れた鴨は、加賀以外では食べることが100%出来ません。
秘境の温泉に来るような感じで(笑)、
「鴨を食べたいから加賀に行こう」というムードを作っていきたい。
組合長の浜坂さん。「坂網猟を広め、残して欲しい」と今回取材を許可してくだいました。
坂網猟を初めたのは24歳の時だという。
若手組合員の皆さん。狩りの感想や日々のことまで、話し合いは続く…。